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毘沙門天の初寅祭りに行きました

広島市安佐南区にある毘沙門天は、別名を多聞天といい「佛教守護神四天王」の一つで
北方を守護する、世人に福徳を与えるというところから七福神の中に加えられています。
武田氏滅亡とともに荒廃しましたが、1702年、緑井村が再興。
2度の火災に遭い、現在の建物は1990年に鉄筋コンクリートで再建されました。


夜の毘沙門天初寅の日の前日、
1月29日に20時の
御開帳を目指して
行きました。

寒い・・・
坂道を歩いていると
体がポカポカ
してきます。

沿道にはたくさんのお店が・・・ ハシマキ200円を買い食べました。

18時と19時そして御開帳前の20時に花火が上がりました。
坂道を歩き階段を登るとき(^O^)/「綺麗」花火に励まされました。

寒い〜あたたまろう
毘沙門天に行く参道は登り坂が続きます。
途中で引き返す人は?見かけませんでした。
みんなくじけそうになりながらも・・・
何とか時間をかけても最後まで頑張る。
本殿に行きお参りされているようです。

早く本殿についてしまい
時間をつぶすことになりました。

茶店でうどん400円を食べました。
そして・・・火の傍で過ごしました。
なんとなくなつかしいような炎です。

お世話係の方が燃え残りのろうそくを入れました。
火が大きくなりました。まきを入れてくれました。
 あと1時間です。本殿からは般若心経やご真言
そして・・・御祈祷を希望される方のお名前が読み上げられました。

御本尊の御開帳は毎年初寅の日の前日と当日の決められた時間のみです。
20時の御開帳に並ぶ人御開帳の時間が近くなると本殿の前に行列ができます。
係員の指示に従って
みんな並んでいます。

 夜、20時です。
多くの人でした。


総代長さん御開帳の時間が近くなると・・・
総代長さんのお話があります。
創建は、治歴元年(1065)ころ現在地に修行僧教尊が行基菩薩の作と言われる毘沙門尊像を安置したのが始まりと伝えられています。宮島の厳島神社より100年位古いようです。正安元年(1299)頃に毘沙門天を崇拝して、武田氏は、銀山城築城の時、北方の守護神として、僧覚信坊により願成寺を建立し、更に7つの寺を建立したと言われています。その後、毛利氏の広島城築城とともに願成寺は広島に移され、毘沙門堂・仁王門・東明寺・西明寺のみが残ったのです。
 現在は有志がボランティア活動で守っています。毘沙門堂は、旧暦初寅の例祭の時しかご開帳されません。テレビなどの取材でもお見せすることはないのだそうです。
御開帳前の様子
御開帳前
扉は・・・
閉まっています。

御開帳
般若心経
御真言
そして・・・
御開帳です。
(扉が開く)

毘沙門天様毘沙門天は、別名を多聞天といい財宝神の息子で、革製の甲冑を身に着けて、手には宝棒(仏敵を打ち据える護法の棒)と宝塔(800の経典が入っていて知恵を授ける)を持ち鬼(邪気)を踏みつけています。
 江戸時代以降より、町民から「緑井の毘沙門さん」と呼ばれ親しまれてきた権現山・毘沙門天。

 毎年2月ごろに行なわれる「初寅祭」には、厄除
け・商売繁盛を願う大勢の参拝客で賑わいます。

毘沙門天を真中に、
吉祥天(毘沙門天の妃または妹とされる)と
善膩師童子(毘沙門天の息子の一人とされる)で
家族円満。一家が繁栄するそうです。

夜景

寒い中御開帳まで・・・よかった。

綺麗な夜景をながめながら帰宅しました。

そして・・・明日は明るいうちに行くことにしました。


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