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碇神社の神楽が見たい

2011年10月22日に行ってきました。
ポスター1ポスター2
碇神社

(^−^)碇神社について調べてみました。
碇神社 広島市中区白島九軒町12。 
海の 神様『大綿津見(おおわたつみ)神』を祀ってあるそうです。御神体:竜神様
古くは箱島明神。(昔この辺りは箱島と呼ばれる場所でした)
創建は1250年前、奈良時代初期で、
16世紀末に広島城 築城前からこの地にあったと伝えられています。
その頃はこの辺りは海辺。大岩盤があって、舟の遭難が跡を絶たず、
海難よけの氏神として建てられた。広島における最古の神社。
昔、ここへ他国の船が来て碇をおろしたので”碇明神”という説がある。

1589(天正17)年、毛利輝元が広島城を作りにあたって社殿を建てた。
前身は奈良時代にできた「箱島明神」で、城下最古の神社という。
海の神を鎮めるために祭られた。船のイカリがその名の由来。

幕末頃は、尊皇攘夷派の集合場所であり、太平洋戦争前には
(1934年が神社を皇国思想を下から庶民に植えつける場として整備された年)
白島地域の総氏神として存在していた。

19世紀初めに記された「知新集」によれば、築城前のまだこの地が青海原であった頃、
ここへ他国船が碇をおろしたことから碇神社といわれるようになったと伝えられている。
式典巫女舞
御神酒

歴史ある神社だけに 見るだけでも御利益を頂けるかも知れません。
碇太鼓 子供達

神楽の前に 碇太鼓がありました。まずは子供達です。拍手拍手拍手
碇太鼓 
碇太鼓保存会は約40年前、地元消防団の若者が結成し、約20年前に子どもも加わったそうです。しかし、後継者がおらず大人の演奏活動は約10年前に休止。当初約20人いた子どもは・・・少子化などで08年には2人にまで減ってしまって活動できない状態になったようです。広島市中区白島地区の住民でつくる碇太鼓の保存会は、昨年約10年ぶりに再結成したそうです。頑張ってね応援しています。
ホラ貝


ホラ貝を合図に?
碇太鼓の演奏がはじまりました。
拍手拍手拍手
鉦がいい音出していました
碇太鼓です

拍手花道から、おかめとひょっとこが登場しました。 なんか面白い。
おかめとひょっとこ登場ひょっとこです

失われつつある文化や人同士のつながりが復活するのっていいですよね。
おかめです
碇太鼓

拍手頑張ってね碇太鼓のみなさん。(^◇^)応援しています。拍手拍手拍手

そんなこんなで・・・甘酒をいただいていたら、そろそろ神楽はじまりました。


神楽は、有田神楽団です。http://arita-kagura.jh4rwt.com/
六拍子のテンポがゆったりた石見神楽の旧舞をかたくなに伝承し、
新舞は一切舞わない のが有田神楽団の特徴です。
毎年10月最終土曜日に有田八幡宮の秋祭りに舞われる八岐大蛇をはじめ、
神降ろし、天の岩戸は、広島県の無形民俗文化財に指定されています。
この日はNHKでも宣伝されていたそうで 多くの人が集まっていました。
神降ろし1

(^^)/
神降ろしです。
神楽を奉納するにあたって、舞殿に神をお迎えするという意味の舞で、元来神楽は観衆が見るためのものではなく、氏子の人々が秋の収穫にあたってこれを氏神様へ報告し感謝して、神慮を慰める一種の神聖な儀式です。
神楽殿に神様を勧請する儀式舞(神迎え・神降し)は神楽を神社に奉納する際に一番大切にしている舞の一つです。

神降ろし2
神降ろし3
神降ろし4
神降ろし5

神降ろしは、広島県の無形民俗文化財に指定されています。
心清らかな気分、キレのある素敵な舞でした。拍手拍手拍手


JUGEMテーマ:1000のだいすき。


 寄鍋もどき * 神楽大好き * 08:46 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

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