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四国の南光坊で確認中

JUGEMテーマ:日記+情報

 

(^^ゞ スマイルショップ (^o^)丿







りんご線


 ジョギング本当か?確かめなくちゃ。。。


(^0_0^) その後、我が家に電話があり・・・送ってくださったそうです。
私の目指す、生き仏:中務茂兵衛について書かれた本をおくりました。
 広田さんは、巡礼156回で錦の納札を持つ方だと言われていました。
そんな電話がかかってきた時に・・・・
(^^)/「私は南光坊に行きます。」言いました。

(^0_0^) 「あら?そう、びっくりするぞ」言われました。
「みんなうらやましがるよ、電話かかってくるなんてないんだから」
納経所に平田さんという人がいますからよろしく伝えてくださいね。

3月14日、青春18切符を手にして、今治に向かいました。ジョギング
JR広島駅(6:35発)山陽本線 和気行きに乗り
JR岡山駅(9:32発)快速マリンライナー 高松行きに乗りかえ、
JR坂出駅(10:21発)快速サンポート南風リレー 観音寺行きに乗り、
JR観音寺駅(11:29発)予讃線普通列車 松山行きに乗り、
JR今治駅に到着したのは・・・・13時31分でした。
四天王が守る門

(^O^)/ ここが南光坊です。
瀬戸内海にある大三島と呼ばれる島の、
大山祇神社の別宮として作られた僧の住まいで、
後にお寺として独立したところです。
ちなみに、別宮大山祇神社はすぐ隣にあります。

明治までの信仰の対象は、
大三島の大山祇神社だったのですが、
この脇坊が明治以降 札所となり
坊と呼ばれるようになったようです。


南光坊

本来は、大三島まで船にのり参詣するのが正式なのですが、
七里の海上を移動するのは大変なことだった。
そこで現在も南光坊の隣に大山祇神社の別宮があるのですが、
この別宮で省略してもよろしいということだったようです。

今治から船で一時間のところに大三島があり、大山祗神社があります。
大宝三年(703)この神社の別宮を越智郡日吉郷に移し、
24坊あった別当のうち八坊を和銅五年(712)の2回にわたって
同地へ移しました。弘法大師は四国巡錫の時、別宮に参拝し、
坊で法楽をあげて霊地としたそうです。

後に天正年間の良曽我部元親の兵火で八坊は焼失しましたが、
運のいいことに その中で禄の少ない南光坊のみが再興され、
明治の神仏分離まで別宮の法楽所として存続したのだそうです。

この間藤堂高虎は今治城修築中に薬師堂を建立し、
次の城主久松氏も祈祷所に定めて祭祀料を奉納したということです。

明治以降は本社本尊である大通智勝仏を移しましたが、
昭和二十年八月の戦災で本堂と、薬師堂などを失い、
大師堂と護摩堂が残されました。
ご本尊の大通智勝仏は法華経第七化城諭品に説かれており、
釈迦如来は大通智勝如来の第十六番目の弟子である、
と法華経に説かれています。

門をくぐりました南光坊の門は四天王を祀る四天門なのです。
持国天・増長天・広目天・多聞天の像が
素晴らしいです。


手水
ご灯明手を洗い、
ご灯明を差し上げ、
線香を供えしました。

お賽銭をあげ、
お経を読誦しました。

ご本尊様の真言
光明真言
ご宝号
回向文

本堂
本堂にお参り

大通智勝如来
金比羅堂『法華経』の化城喩品第七に説かれている仏で、
大山祇大明神の本地とされて河野水軍に信仰されました。
大通智勝佛は法華経傾城喩品にでてくるほとけさまで、
お釈迦様の遥か昔に出現され16人の王子と共に
法華経を説かれたとされています。この中の王子の一人が
お釈迦様でした。大通智勝如来を本尊にしているのは、
四国霊場では南光坊だけです。

御真言は「オンマカ ビジャニヤジャニヤ ノウビイブウ ソワカ」です。
(・・? 本堂のご真言は「南無大通智勝佛」なむ だいつうち しょうぶつ
 *正式にはナム ダイツウチショウブツ 
又は大日如来のご真言を唱えるのだと納経所で教わりました。
大師堂
(^^)/ 大師堂です。
南光坊は第二次世界大戦でほとんどが焼けてしまい、戦後に改めて建て直されたものですが、大師堂は戦中でも焼けたことが無いそうです。
大師堂2
大師堂のお遍路隊






屋根が曲線のために、
焼夷弾がその屋根を滑ったのだとか。
確かに曲線で、先がピンと尖った屋根のシビは
確か平城京にあったシャチホコみたいなもの。
ものを転がすとピョンと跳ねそうですね。

筆塚書家、川村驥山(きざん)の筆塚があります。
本名を河村慎一郎(1882〜1969)といい
明治から昭和期の日本書道界の第一人者と言われた人物です。

川村驥山(きざん)の菅笠
川村驥山は、書道界初めて芸術院賞を受けた書家で、
昭和29年娘を伴い遍路の途中に南光坊の住職と出会い、奉納した菅笠。
あまりの達筆に驚いた住職の望みに応えたそうです。その時に被っていた菅笠には「応無所住而生其心」(おうむしょじゅうにしょうごしん)と書かれており今も南光坊に保存されています。

これは金剛般若経にでてくることばで「まさに住する所無くしてその心を生ずべし」と読み「 この世のものは無限の過去から縁により生じ無限に変化し続けてやまないものなので心が一つ一つのこの世の現象にとらわれているのはつまらない。本来こころは現象をこえていて宇宙よりも広大無辺なものである。」・・・・・と言うことだと思います。

南光坊境内には、越智寛雄の墓があります。
南光坊の僧だった越智寛雄は高野山で修行し、高野山三宝院の住職になりました。全国の信者から送られたお供えの米穀の中から質の良い稲の種を選んで、南光坊に戻るときに持ち帰ったそうです。その米は、檀家の農家に配られ、作られた米は品質がとても良く、やがて三宝米として上方で評判となり、越智寛雄は三宝米の祖と尊敬されたそうです。

また越智寛雄は、讃岐の金比羅から勧請をして持ち帰った分身を護摩堂に安置したそうです。ある日、護摩堂で霊感を感じた越智寛雄は、金比羅本殿付近で火災が起きていることを聞きました。本殿が焼けないようにと洒水を送り続けたところ、本殿手前で火が止まったといわれています。

今治に伝わる「大楠と三匹の狸」南光坊中興の祖・天野快道大僧正の墓も残っています。
天野快道は、今治に伝わる「大楠と三匹の狸」という民話の中で、境内で悪さをしていた狸と話をしたという伝説が残っています。

別宮の大山祗神社の境内にとても大きな楠の木があって、
昼でも薄暗いくらい枝が四方八方に広がっておりました。

 ここに、三匹の姉妹の狸が住んでいました。
名を「お奈遠」(おなを)、「お佐遠」(おさを)、「お袖」(おそで)と呼んでいました。 
楠の木と関係が深いところから、別に三匹の狸を「大楠さん」とも言っています。

 狸は、とても賢かったそうですが、時々妙なものに化けて、
参拝者に意地の悪いことをして困らせることがありました。
(別にそんないたずらをしたことはなく、賢くて気だてが優しく、
また、何でも知っていた上に、人々の願いをはっきりと聞いてくれた
という人もいますが・・・
古老の間では、時々意地の悪いことをしていたという話です。)

 別宮の大山祗神社と隣合わせにある南光坊の快道和尚は、 
頭脳明せきな上に体格にも恵まれた方で狸は和尚の言うことは
非常によく聞きました。天野快道大僧正は、大正7年(1918年)には真言宗醍醐派管長に選ばれ、京都醍醐寺の座主も務めた高僧です。

 三匹の狸は、神通力を使って、実際にその場にいて
普通の人には姿をみせないでいろいろなことをしました。
ところが、快道和尚にはよく見えたそうです。

 快道和尚がだれもいない縁側で、なれなれしく
「これこれ、お奈遠や、そこで何をしているのかね。」と言うので、側にいた人が不思議に思ってだれかいるのか尋ねると「そこでお奈遠が日なたぼっこをしているのだよ。」と言われたそうです。

 ある時、金比羅堂の屋根の上に楠の木の枝がのしかかっていて、
風が吹くと屋根をたたいて瓦をこわしてしまう。
村人たちが協議の上、楠の木の枝を切ることにしました。
のこぎりやなたを持ちよって、木を切る用意をして木の下に集まると、
何とそれまで屋根すれすれにはっていた枝が、向きを変えていました。

 快道和尚が三匹の狸に頼んで方向を変えてもらったのだろうということが、
村人たちの間でも、もっぱらうわさされました。
 その後、村人たちの勧めもあって快道和尚は神主さんと相談して、
楠の大木の洞穴の側に祠を建てて、てい重にお祭りしたそうです。

 祠を建ててからは、狸が人を化かして困らせるようなことは一切なくなりました。その後の太平洋戦争で、空襲を受け焼けてしまったので、別に新しく楠の木を移植してその端に祠を建てました。祠は、それぞれ「お奈遠大明神」、「お佐遠大明神」、「お袖大明神」と呼ばれ、お願を賭けに来る人も多いそうです。

納経所納経所に行きました。
平田さんにお会いしました。
(・・? 広田さん?知らないよ。
「念ずれば花開く」メモに書いてくださいました。元住職は廊下でリハビリ訓練中!でした。副住職は住職になられて大忙しのようです。 5歳のシェパード犬は脳の病気で亡くなったそうです。年寄り犬は ちょっとボケているみたいだとか。
駅弁 鯛飯食べました
平田さんと話していたら時間がどんどん過ぎて行きました。電車1本早いのに乗るつもりだったのに。駅弁の鯛めしを買い 駅のホームで食べました。おいしかった。帰りは最終電車になりました。



今日はいい一日です。すべての良き事が起こります  (^o^)丿 ありがとう (^O^)v 感謝しています



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毎度(^○^)ありがとうごさいます


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メイドさん

 

 




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