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宮島の恋?の結果は超危険

JUGEMテーマ:日記+情報

 

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りんご線


 ジョギング弥山の恋の行方は??かなり危険かも?


(^0_0^) その後、我が家に電話があり・・・送ってくださったそうです。
私の目指す、生き仏:中務茂兵衛について書かれた本をおくりました。
あなたはお経に興味があるようだから絵心経も送りました。
 広田さんは、巡礼156回で錦の納札を持つ方だと言われていました。

(・・? 絵心経って・・・ 中には蠡臍六唆箸糧娘秧慣个入っていました。
元禄時代に南部地方で文字の読めない人に心経を教えるために考案されたもの
お経のとなりに絵がかいてあるものです。

気になったのは?<四国遍路280回:中務茂兵衛の教訓>
悟ることは、本来正しい心で悟のですが、迷うことは欲に目がくらみ、
心が失われて迷う状態。迷わされて迷う状態で、魔霊に囚われた状態です。
丁度タヌキに騙されて右往左往しているのと等しく。。。。。
正しいと信じ切って行動していても本心を失っているから気付かない。
第三者が見るとわかる、自分で反省し振り返ると?わかる訳です。
 迷わされて迷う人は意志が弱く、気が弱い。
意志が強くなると自然に信念が強くなり、どんな困難にも打ち勝つことができる。
やる気になれば誰でも何でも成し遂げられる

中司茂兵衛の道標 本名:中務(なかつかさ)亀吉。
1845年周防大島の椋野村(現在の山口県久賀町)の
庄屋の次男として生まれました。
21歳の時に家を出て、四国八十八箇所巡拝を始めたと言われています。
以来二度と古里には戻らず八十八箇所巡拝を続け、
1922年76歳の時、280回目の巡礼も終わり近くになったころ病に倒れ、
前人未到の279回巡拝という偉業を残し、
高松市で56年間にわたる巡礼の人生に幕を閉じました。

42歳のとき、巡拝が88回目になったのを記念して
道標の建立を始めたと言われ、以後多数の道標を建立し続け、
100度目からは「義教」の法名を刻むようにもなりました。
また、好んで道標に句を刻み、中でも『迷う身を教へて通す法の道』という句を
好んで選んだと言われています、約60年間も歩いて遍路の旅を続け、
280回も巡礼をした彼が建立した230基以上にも及ぶ道標は、
歩くしかなかった時代の遍路の文化遺産として、高く評価されています。

http://www46.tok2.com/home2/jyunrei88/jyun/jyunkiso02.htm
茂兵衛堂にお参りすれば・・・意志の弱い人、気の弱い人、
中務茂兵衛さんの信念の入ったお大師さんにお参りすれば、
不思議と中務茂兵衛さんの強い威光にうたれ、
必ず強い信念が湧き出て、心の美しい強い人に生まれ変わり、
辛抱のできる人となり、どんなことでも成り遂げられる人となり、
生涯を楽しめます。


(^O^)/ [四国八十八ヶ所の起源]
 四国八十八ケ所の霊場は、弘法大師が開かれたものですが、
霊跡全部が短期間にできたわけではありません。
大師の若い頃からの修行の集大成が八十八の霊場で、
大師42才の頃の事跡が最も多いところから、
弘仁6年(815年)に開かれたと伝えられています。

 大師の開かれた八十八の霊蹟をめぐる四国遍路は、
伊予国温泉郡荏原村の長者、衛門三郎が自分の非を悟り、
大師のあとを追って四国を廻ったのがはじまりだと言われています。

衛門三郎(えもんさぶろう)の物語
四国を巡礼中の弘法大師が・・・
愛媛県松山市の郊外の大きな屋敷に托鉢に訪れました。
そこの主人の衛門三郎は強欲で、何度も訪れる乞食僧(大師)を追い払い、
最後には大師が持っていた鉄鉢を八っつに割ってしまったのです。
その後大師は衛門三郎の屋敷を訪れることは無かったが、
三郎の子供八人が次々と亡くなった。

そこで、三郎は托鉢に訪れた人が弘法大師と気付き、
今までの自分の行いを悔い、大師を求めて遍路の旅に出ました。
 しかし、簡単には会えない。二十数回目に、一番から順番に回るのをやめ、
逆に回り始めた。心身とも疲れ果て、十二番の焼山寺で倒れてしまう。
意識が遠のいていくときに、大師が現れ、罪を許してもらうことが出来ました。
最後の望みとして、「今度、生まれ変わるときは、領主になりたい」と願った。
そこで大師から衛門三郎と書いた小石を授けられ、握ったまま死にました。

 その後伊予の領主に男の子が生まれました。
あれ?その子の手はしっかりと何か握ったまま開かない。
困り果て、安養寺(今の石手寺)に連れていき、祈念をしました。
そうすると、手から衛門三郎と書いた小石がでてきたのです。
人々は衛門三郎の生まれ変わりと思い、
弘法大師の偉大さを真に受け止めたというお話が、語り継がれています。

四国八十八カ所の由来
弘法大師が42歳のとき、四国八十八ヵ所の霊場を開いたとされています。
弘法大師入定後、高弟真済がその遺跡を遍歴し始まったとされる説もあり、
八十八という数は、煩悩の数や、「米」の字を分解したもの、
または男42、女33、子供13の厄年を合わせた数などという説があります。

四国八十八カ所霊場は、四国の山野に開かれた心と体の修行の道場で、
八十八の煩悩を除き、八十八の功徳をもたらすと言われています。
弘法大師は一本の金剛杖によって常に遍路を見守り、
八十八ケ所の結願へと導いていかれます。

四国霊場は、全て合わせて八十八ケ寺、三百余里(約1300km)の旅です。
阿波の国を発心の道場と言い23ケ寺、
土佐の国は修行の道場で16ケ寺、
伊予の国は菩提の道場で26ケ寺、
讃岐の国は涅槃の道場で23ケ寺。

四国八十八ヶ所巡礼の旅は、弘法大師の功徳をしのび、
大師の修行の道を辿りながら心の修行を重ね、
これからの人生をじっくりと考える事の出来る旅です。

(^_^)? 納め札について調べてみました。  
  納め札とは、本堂と大師堂に奉納する紙札です。
お札に住所、氏名、年齢を記入し本堂、大師堂に納めて、
  ご本尊さま、お大師さまに参詣のご報告をします。
「私はお参りに来ましたよ」と伝わればいいのです。

  ひとりの修行者として、お札を霊場に残します。
お札は、修行者が行の証に、施しを頂いた方に差しあげるものです。
本堂に一枚、お大師堂に一枚納めます。
(納め札入れが各寺の、本堂と大師堂にあります。)

 お接待を受けた時も、一枚差し上げます。
自分の積んだ功徳が僅かでもあれば、お接待を下さった方の為に、
惜しみなく差し上げる心で差し上げるのだそうです。
    白い納め札は1回〜4回 
    青い納め札は5回以上7回
    赤色納め札は8回以上24回
    銀色納め札は25回以上49回
    金色納め札は50回以上
    錦札は100回以上お遍路された方が使います。

価格は、 100枚か200枚のセットになっている事が多く、
 白札100枚100円、赤・緑100枚で150円、
銀・金100枚で 500円前後が相場のようです。
 錦札は1枚100円前後かかるそうですよ。

(・・? 
納札は巡拝した回数(八十八ヶ所を全て巡られた回数)で色が変わります。
  50回目以上から99回目が金色、100回目以上からは錦色になりますが、
一般的に販売はされていません。
霊場会本部公認として許可をもらう必要があります。
   例えば金色の納札を手に入れたいと思う方は、
50回以上の巡拝を証明する納経帳を札所住職に提示して検閲承認を受け、
推薦されてから申請の手続きを取ります。
それでも・・・?よく調べてみると・・・・?
*回数による納め札の色は、あくまでも自己申告の世界のようです。

御参考 ≫ http://www.aruku88.net/susume/tools/osamefuda.html

(^^)/ お接待について面白い記事みつけました。
 四国は高知に有名な叔母さんがいて、 
夏の暑い時期、歩いている遍路さんを見つけ、
軽トラで追っかけて来て500ミリのペットボトルに水を入れて、
凍らした物を接待してくれるそうです。
手を差し出されて「納め札ください」と言われて差し出すと
 輪ゴムで留めた納め札をたくさん持ってられるとか。

納め札箱の中から色の付いた納め札を探している人もいるそうです。

知多四国を千回越えて回られている方がいらっしゃいます。
 その方の納め札は銀色で、裏面に回数が書かれているそうです。

(*^_^*)?「錦札をさりげなく、ちらつかせていた巡拝者恰好の人が、
お接待だといってその一枚を手渡して下さった。
自分は今、百五回目を巡っていると言っていました。
そのままでは悪いと思い、お礼のしるしに○千円差し上げました。
「ゆっくり見直すと署名も何も書いていない錦の納め札でした。」
人の欲心につけこみ、お接待の恰好をして礼金をせしめようとする手口です。
金、錦の納め札は、昔から「呪力」があるとあがめられてきましたが、
それは50周、100周という困難な歩きの道中修行に裏打ちされたものでした。

[巡礼用語集]  http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/bukkyou.htm
(^_-)-☆ 巡礼体験談  いなほ随想 

巡礼の旅にはいろいろ困難をともなうが、いつも弘法大師が一緒に
       あるいてくれると信じて巡礼すること。
大師の身代わりとして杖を持つのだそうです。

ちなみに、線香一本の燃え尽きる時間は約五十分。
これを「いちゅう」といい、坐禅をする時間の 目安などにしているそうですよ。

霊場を遍路修行するという行為は、
一時的にせよ聖域への現世離脱的な行為で
遍路修行は心の変革をもとめる行為でもあります。

別段深く考えなくとも、ただ寺を巡っていくうちに、
自ずと心の変革がなされていくともいわれています。

(゜o゜)「健康な体力」これは今はなんとか有ると思います。
「45日間一人での自由な期間」これは無い人も多い。
「50万円から60万円の費用」これも当然無いですよね。
「今お遍路に行かなければという理由」これも無いです。
今有るのは体力のみ、これは・・・信用ならないし、
もっと信用の無いのは最後まで結願する私の自信です。

季節は春!巡礼にお金があって健康な人が多く訪れる季節です。

近畿を中心とする「西国三十三ヶ所」、

関東を中心とする「坂東三十三ヶ所」

その近くの秩父を巡る「秩父三十四ヶ所」を

全て合わせた「百観音霊場」にも、

多くの参拝者が訪れています。



今日はいい一日です。すべての良き事が起こります  (^o^)丿 ありがとう (^O^)v 感謝しています



(^O^)♪・・・☆&★・・・(^O^)♪・・・☆&★・・・(^O^)♪☆&★・・・(^O^)♪

毎度(^○^)ありがとうごさいます


 (^^ゞ スマイルショップ”のご案内(^O^)v 

 いらっしゃいませ(^o^)丿 ≫ こちらからお入りください

メイドさん

 

 




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